中年のチカラ

  • Day:2010.11.09 19:42
  • Cat:言葉
押しも押されもせぬ立派な中年の年齢にはなりました。
しかし、頭の中身は高校生の頃とたいして変わりないのが実感です。
自分の歳と肉体にあせりも感じます。

好きな作家の中島らも氏がこんなことを書いています。
読み返していいなあと思ったので、長いですが書き写してみます。
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わめきちらし暴れまくってる人間よりも、いつでも抜刀できる姿勢を保ちつつニコニコしてる人間のほうがはるかにこわい。力と智の均衡が結ぶ静かな微笑の奥に巨大な爆発力が封じ込められている、これこそ「理想の中年」像というものではないだろうか。力をみだりに使わないことがもたらす「やさしさ」というのは、若い人の優柔不断を誤解して言われるところの「やさしさ」とは対極に位置する、ほんものの「やさしさ」なのだろう。
 ではこの力は、もし万一使われるとしたら何に対して使われるべきなのか。おれはこう思う。中年の力というのは中年が自分の核の中に抱いている「こども」、これを守ることのためにのみ使われるべきなのではないか。現実の「こども」は「天使」などでは絶対にないが、ことばとしての「こども」の中には「天使の属性」のひとかけらがある。その輝いて美しいけれど何の防御力も智恵もない、自分の中の「こども」を守るのが、中年の力と智恵なのではないだろうか。

  中島らも ~田辺さんとため息~ 集英社文庫『砂をつかんで立ち上がれ』所収
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中島らもは今の僕より若い時期にこう書いている。
僕はこんな力もやさしさもまだ持ち得ていない。

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